北海道教育大学岩見沢校
政治学概論 (10) 2002/1/18

第三部　集合的記憶と歴史 (I)
　　　　　　　　　 ―― 教科書の政治学 ――

福田 宏
http://hfukuda.cool.ne.jp/iwamizawa/
(hfukuda@juris.hokudai.ac.jp)

1. オーストリア ―― 「二つの真実」

1. 「サウンド・オブ・ミュージック」の虚構
• トラップ一家の逃避行 ―― ナチスから逃れる無垢なオーストリア？
  　　　ドイツによるオーストリアの「合邦（アンシュルス）」(1938年3月)
  　　　「愛国者」トラップ大佐の決断
  　　　ザルツブルクから山を越えれば、そこはドイツ！
• 「犠牲者論」とハリウッド映画の不思議な調和
2. ヴァイツゼッカーとヴァルトハイム ―― 対比の構図
• ヴァイツゼッカーの演説 (1985年)
  　　　「過去に目をつぶるものは、過去に対しても盲目となる」 ―― ドイツの良心？
• 大統領選挙におけるヴァルトハイム (1986年)
  　　　国連事務総長からの転身
  　　　突然のスキャンダル ―― ナチス戦犯としてのヴァルトハイム
  　　　国際世論と国内世論とのギャップ ―― ヴァルトハイムの圧勝
3. 右翼の「伝統」 ―― ハイダーは特殊な人物か？
• ハイダー現象とＥＵの制裁 ―― オーストリアの孤立 (2000年2月)
  　　　国民党(黒)と自由党(青)の連合政権 ―― 第二党と第三党
  　　　国民党と社会民主党による長期政権の停滞
  　　　ハイダーの「謝罪演説」 ―― 1999年11月12日

  私はこれまで、褐色の影を受け入れることはありませんでしたし、今後もありません。同時に、ナチズムについての「誤解」を招きやすい発言で、ユダヤ系の市民の皆さんを傷つけてきたことにつきましてはお詫びをいたします。＜近藤 (2001a), p.11＞

• ヒトラーの故郷としてのオーストリア
  　　　「我が人生の師」 ―― カール・ルエーガーとゲオルク・フォン・シェーネラー

  私は17際の時にウィーンにやってきて、断固たる反セム主義者となってウィーンを去った。＜ヒトラー『我が闘争』＞
  
  誰がユダヤ人であるかは私が決める。＜ルエーガー＞

4. 戦間期 ―― 失意のオーストリア
• 残余国家としてのオーストリア、生存能力を持たないオーストリア
  　　　「オーストリア人」としての自覚の欠如
  　　　ドイツとの合邦の禁止 ―― ヴェルサイユ体制に対する反感
• 不安定な政治情勢 ―― 政党政治の瓦解
  　　　キリスト教社会党と社会民主党、民族主義派の敵対関係
  　　　準軍事組織の存在 ―― 護国団と共和国防衛同盟
  　　　大恐慌と体制の権威主義化 ―― ドルフスの苦悩
• 待望の合邦（アンシュルス）？
  
5. 第二共和国誕生のいきさつ ―― 冷戦とオーストリアの免罪
• カール・レンナーのしたたかさ ―― スターリンの見当違い
  　　　ヒトラーの「最初の犠牲者」として
  　　　「理想の中立国」として ―― 非ナチ化の不徹底
6. 教科書問題への取り組み ―― オーストリアの変身？
• ハイダーの言い訳

  私たちは特殊な環境で育ってきたのです。... 学校での歴史の授業は第一次世界大戦の終結で終わってしまいました。... 第二次世界大戦やホロコーストについての情報が不足していたのです。＜近藤 (2001a), p.57＞

• 契機となったのはヴァルトハイム事件 ―― 1980年代末以降
  　　　オーストリア人は犠牲者であり、加害者でもあった ―― 「二つの真実」テーゼ
  　　　合邦50周年 ―― 追想の年 ―― 極右団体への対応策
  　　　「真実」の発掘に拒否反応を示す人々

2. [次回予告] ドイツ ―― 日本にとっての「お手本」？

1. 謝罪の政治学 ―― 道徳、パフォーマンス、経済、国益 etc.
2. ドイツはいかなる意味で戦争責任を果たしたのか？
3. ポーランドとの教科書対話
4. ドイツにおける戦争責任論争 ―― アウシュヴィッツは存在しない！？
5. ゴールドハーゲンの『ヒトラーの意に喜んで従った死刑執行人』

参考文献

1. 近藤孝弘 (1998) 『国際歴史教科書対話 ―― ヨーロッパにおける「過去」の再編』 中公新書(1438).
2. 近藤孝弘 (2001a) 『自国史の行方 ―― オーストリアの歴史政策』 名古屋大学出版会.
3. 近藤孝弘 (2001b) 『歴史教育と教科書 ―― ドイツ、オーストリア、そして日本』 岩波ブックレット(545).
4. マルク・フェロー (2001), 大野一道訳 『［新版］新しい世界史 ―― 世界で子どもたちに歴史はどう教えられているか』 藤原書店.



5. A. ポロンスキ (1993), 羽場久ミ子監訳 『小独裁者たち ―― 両大戦間期の東欧における民主主義体制の崩壊』(りぶらりあ選書), 法政大学出版局.
6. 矢田俊隆 (1995) 『オーストリア現代史の教訓』(人間科学叢書24), 刀水書房.
7. 百瀬宏編 (1990) 『ヨーロッパ小国の国際政治』 東京大学出版会.
8. 村山雅人 (1995), 『反ユダヤ主義 ―― 世紀末ウィーンの政治と文化』 講談社選書メチエ(54).
9. W. ジョンストン (1986), 井上修一他訳 『ウィーン精神 ―― ハープスブルク帝国の思想と社会 1848―1938』 みすず書房, 二巻組.
10. カール・E. ショースキー (1983), 安井琢磨訳 『世紀末ウィーン ―― 政治と文化』 岩波書店.

1938年3月、ウィーンの舗道磨きに駆り出されたユダヤ人 出典: 野村真理 『ウィーンのユダヤ人』 御茶の水書房, 1999年, p.388.

ヴァルトハイム問題 ―― 真ん中がナチス将校の制服を着たヴァルトハイム 出典: 増谷英樹 『歴史の中のウィーン』 日本エディタースクール出版部, 1993年, p.23.