その10 (1999年12月2日 長與 → 篠原)
篠原さん
◆11月18日付けのお便り、落手しました。たいへんに読みごたえがありました。11月17日から10年でチェコ社会がたどりついた位相がよくわかりました。でも万事は、まあこんなところかという感じで、意外な反応はないようですね。じつはオタワの新聞も、ふだんはスロヴァキアのこともチェコのこともほとんど報道しないのに、この日ばかりはちょっとした特集記事を組んでいました。
◆この記事についてはあらためて取り上げるとして、今回もまた「北米大陸を股にかけた」 話をすることにします。11月18日 (木) から21日 (日)まで、 American Association for the Advancement of Slavic Studies (AAASS) の 31st National Convention に参加するために、今度はミズーリ州セントルイスに飛びました。ご存じかと思いますが、これは毎年開かれる全米規模のスラヴィスト大会で、合衆国+カナダ (こちらでは北米大陸と総称しますが)だけでなく、ヨーロッパからもかなりの参加者があり、総数は1000人を越えるようです。
◆オタワからシカゴまで2時間のフライト、シカゴからさらに1時間南に飛んでセントルイスに到着。この町の都心のホテルを借り切って、会場も宿泊も同じ建物の中という形式です。日本でも理科系はこの形式を取るようですが、「貧乏根性」が染みついた文化系、なかでもロシア東欧関係の学会などは、大学を持ち回りして「費用を安くあげる」のに慣れているので、最初はその華麗な雰囲気にちょっと戸惑いました。
◆大会は、木曜日午後から日曜日午前中まで11のセッションが設定され、各セッションで30近くの分科会が平行して走るのですから、まあ全体像をつかむことなどは、はなからあきらめて、興味のおもむくままにあちらこちらをつまみ食いした結果は、以下のとおりです。――
◆木曜日 4:15ー6:15
National Historiographies in East Central Europe from the Interwar Period through De-Stalinization
◇W. L. Blackwood (Yale U.) - Czech Historiography
残念ながらこの人は欠席で、ペーパーのみが読み上げられました。例によって、「マサリクの民主主義」云々という図式が見え隠れして、あまり刺激的な内容とは言えませんでした。
◇R. Stobiecki (U. of Lodz) - Polish Historiography
ポーランドの若手学徒で、英語があまり上手ではありませんでしたが、詫びれずに質疑応答までこなしていました(彼とはあとから友だちになりました)。しかし報告の内容は新鮮味を感じませんでした。
◇M. Mark Stolarik - Slovak Historiography
この発表があったので、ストラーリクについて大会に参加したようなものです。彼の論文は草稿の段階でゆっくり目を通してコメントしましたので、展開はわかっていました。ようするにスロヴァキアの歴史学(もちろんプロの歴史家による歴史記述という意味です)が始まったのは、両大戦間期のダニエル・ラパントから。独立スロヴァキア国時代に、「チェコスロヴァキア主義」が一掃されて、スロヴァキア民族史学が確立した。コミュニスト政権下では、実証史家ラパントの弟子たち(リハルド・マルシナほか) と、「粗製濫造の」マルクス主義史家たち(ゴシオロフスキー、ホロチークなど)の二つの流れがあって、後者が科学アカデミー歴史学研究所を牛耳っていた。体制転換後も科学アカデミーには、マルクス主義史学から転向してきた連中(ストラーリクは「コスモポリタン派」と呼びました)が居座り、いっぽうマチツァ・スロヴェンスカーにはナショナリスト派の歴史家が集まっている、民主主義の世の中だから、こうした2つの流れが並立しているのは良いことだという主旨。コミュニスト時代にも一定の評価を与える点で(各種の百科事典の出版、6巻のアカデミー版『スロヴァキア史』の出版など)、客観性を感じさせますが、彼が「ナショナリスト派」に肩入れしている ―― というより「コスモポリタン派 = 旧連邦派」に批判的といったほうが正確かもしれませんが ―― ことが言外に感じられます。ストラーリクはアメリカで専門の歴史家教育を受けたプロの歴史家ですが(彼自身、これをひじょうに誇りにしています)、その彼でもナショナリズムのバアイスから自由ではないことに、ぼくは思わずため息をついてしまいます。
◇あとからの会場の議論では、チェコとポーランドとスロヴァキアの歴史学が抱えている問題として提起されたものに、共通点がないという発言がありました。ストラーリクの「コスモポリタン派」という表現にもクレームがつきました(やはりこのタームは、スターリン時代末期の反ユダヤ主義とぬきがたく結びついているようです)。ぼく自身の野次馬的な「独断と偏見」に言わせれば、第二次世界大戦中のファシズムやコラボレーションの問題を、「内在的に」検討せざるをえないスロヴァキア歴史学が、なんといってもいちばんオモシロイ。
◆金曜日 8:00-10:00
Regional Identities versus National Identities in Twentieth-Century Eastern Europe
Christopher M. Hann (U of Kent) - The Lemkos
Philipp Ther (Freie U) - From Silesians into Germans: Collective Identities in Upper Silesia
Hans-Christian Trepte (GWZO, Leipzig) - Kresy-Belarus: A Stable Identity?
◇この分科会で印象に残っているのは、コメンティターの Paul Robert Magocsi (はじめて見ました) の、「人びとが望んだわけではないのに、『国民国家』の枠組みが押しつけられることがある」という指摘で、1919年のオーストリアと1990年代のベラルーシをその例として挙げていました。1993年の「チェコ共和国」も、このカテゴリーに属するのかもしれませんね。
◆ Contesting Czech Identity in Public Art and Ceremony, 1915-1937
Jonathan H. Bolton (U of Michigan) - Mourning becomes the Nation: the Funeral of Tomas Masaryk in 1937
Eagle Glassheim (Columbia U) - Whose Conquest and Betrayl? The Wallenstein/Valdstejn Memorial in 1934
Jindrich Toman (U of Michigan) - The Painless Birth and Peaceful Death of the Czech National Style, 1915-1925
◇残念ながらこの分科会は、「地域アイデンティティ・・・」と時間が重なって聞けませんでしたが、いかにも貴兄好みの設定では (失礼!)。
◆金曜日 10:15-12:15
Crafting Identities: Cultural Diversity and National Allegiance in the Czech Lands
Melissa Dawn Feinberg (U of Chicago) - Masaryk, Democracy and the Making of a Czech Feminist Identity
Alena Simunkova (U CA) - Sociability and Performing Identity in Middle-Class Czech Society
◇フェミニスト関係の分科会でした。チェコにはもう前世紀末頃からフェミニズム運動があるのですね。スロヴァキアにはそれに対応する運動があったかどうか。ストラーリクに言わせると、「フェミニズムはアメリカで生まれた概念で、それをヨーロッパに適応するのはナンセンス」とにべもありません。たしかに、カトリシズムの国ではフェミニズムは育ちにくいのかもしれないという印象はあります。現在でもスロヴァキアでは、この種の運動はほとんど耳にしません。ちなみに Alena Simunkova (かたい感じの才媛という印象でした。英語は見事でした)は、オットー・ウルバンの弟子と紹介されていましたから、貴兄はご存じの人かもしれませんね。
◆金曜日 2:00-4:00 Gender and Nationalism in the Czech Lands 1890-1945
Katherine David-Fox (Ohio State U) - Engendering the 1890s Generation
T.Mills Kelly (Texas Tech U) - Feminist, Nationalist, or both? Czech Women and Radical Nationalism, 1898-1920
Barbara Kimmel Reinfeld (NY Institute of Technology) - Feminists and Nationalist in the First Czehoslovak Republic
◇これもチェコのフェミニズム絡みのセッション。会場のホテルの一室は、追加のイスが運び込まれるほどの大盛況でした。ケリー氏とは、先月シダーラピッズで開かれたシンポジウムで知り合いましたが、彼も関心の広い男のようです。でも発表を聞いている限りでは、チェコのフェミニズムは、ナショナリズムの「補完物」以上ではなかったようですね。
◇第ニ日めのプログラム終了。なにかチェコ関係の (それもフェミニズム絡みの)分科会ばかりに顔を出しているみたいですが、スロヴァキア関係の分科会がないので、しぜんにそちらに足が向いただけの話。夕食はスロヴァキア人グループとポーランドの歴史若手学徒といっしょに、ホテル近くのレストランに繰り出しました。
◆三日目 (土曜日) は朝からスロヴァキア関係の分科会 ―― 8:00-10:00
Conspiracies in Slovak History
◇Edita Bosak (Memorial U of Newfoundland) - M.R.Stefanik. A Conspiracy to Eliminate?
朝っぱらから刺激の強いタイトルですね。報告者はカナダ在住のスロヴァキア系の中年女性研究者で、彼女自身は「ナショナリスト系」に属するようで、シチェファーニクは暗殺されたという方向に持って行きたいようですが、決定的な決め手となる資料があるわけではないので、「この事件は決着がついていない」という、まあ穏当な結論でした。あとの討論でストラーリクが、暗殺説をふりまわすのはミラン・ジュリツァとフランチシェク・ヴヌクの2人の亡命系歴史家だが、彼らはスロヴァキア国内で「西側史学」の信用を落としている「頭痛の種」だと発言していました。
◇Stanislav Jozef Kirschbaum (York U) - The Martinovic Conspiracy and the Slovaks
いうまでもなく発表者は Jozef Kirschbaum の息子で、A History of Slovakia (St.Martin's Press, 1995) の著者。話そのものは18世紀末のスロヴァキア・ジャコバン派のことで、平板で面白みに欠けました)。
◇Suzanne T. Polak (Indiana U) - An Organized Attack? Anti-State Conspiracies in Slovakia in Autumn 1947.
この人はお産とかで、残念ながら欠席。
◆とにかくこの分科会でいやおうなく感じさせられたのは、北米大陸のスロヴァキア研究者の層の薄さで、10数人程度の聴講者の大部分がお互いに顔見知りのスヴァキア系。チェコ関係の分科会が、たいていは非チェコ人(系)によって運営されているのとは対照的でした。しかもみなが「ナショナリズム史観」を共有しているような雰囲気があり、議論の内容も内々向きで、ダイナミズムに欠ける恨みがありました。
◆それともうひとつこの分科会で気づいたのは、ストラーリクとキルシバウム・ジュニアの「冷たい仲」。以前からストラーリクは会話のなかで、キルシバウムの A History of Slovakia を酷評していて、「彼は政治学者だから歴史の書き方を知らない、ストレートなナショナリズム史観は西側では通用しない」等々、うすうす感じてはいたのですが、この分科会でのキルシバウムの報告 (たしかにあまり面白い話とはいえませんでしたが) にたいして、ストラーリクが「教え諭すような」感じの批判的コメントをして(こちらもちょっと高飛車な感じでヒヤリとしましたが)・・・。まあしょーもない話題ですから、これ以上はやめておきますが、ようするに北米大陸のスロヴァキア研究が活性化するためには、「余分なしがらみを引きずっていない」 非スロヴァキア系の若手研究者の参入がぜひとも必要なようです。
◆土曜日 10:15ー12:15
Czech Democracy 1918-1998: A Critique
Bradley F. Abrams (Columbia U) - Who lost Czechoslovakia: Democrasy and "Socializing Democracy 1945-1948"
Peter Bugge (Denmark) - Czech Democracy 1918-1938: Paragon or Parody?
Jacque Rupnik (France) - Czech Democrasy since 1989
◇この分科会では巻頭から司会者が、「チェコというとかならず民主主義と言われるが、ほかの民族についてはそうは言われない。これは不公平ではないか。今日はチェコの民主主義なるものを批判的に検討してみよう」と刺激的な発言(もちろん好意的冗談のニュアンスで)。期待にたがわず、フラッドがいかに政党の 内情をスパイしていたか、とか、第2共和国では全体主義化が進行していた1939年3月のドイツ軍進駐が、チェコ人によるチェコ国家のファシズム化という不名誉な展開を未然にふせいだ、とか、「人を楽しませる」発言が聞けました。それにしてもこの分科会、おめあてのルプニクは残念ながら欠席でしたが、司会者は多分ユダヤ系、報告者はデンマーク人とあきらかなユダヤ系、コメンテイターの Carol Skalnik Leff は、3世代か4世代めのチェコ系移民の子孫という多彩な「民族構成」で、その彼らが、チェコ民主主義の「実態」を「楽しそうに」議論している図は、今朝のスロヴァキア分科会の仲間うちの「うそ寒さ」と較べて、まあ2、3段階は先を行っている印象でした。
◆それにしても、「だれそれはユダヤ系」などという詮索は、ポリティカル・コレクトネスに抵触し、スマートで高尚な話題でもないことは百も承知の上ですが、会場のホテルのロビーでは、ユダヤ系らしい人たちの顔がめだちました。4人に1人くらいはそんな感じです。まあアメリカでは大学人や研究者のなかでユダヤ系が占めるパーセンテージが異常に高いうえに、スラヴ研究は(スラヴ地域が彼らの多くの故郷でもあることもあって)彼らが参入しやすい分野でもあるのでしょう。
◆土曜日の午後 2:00-4:00 には Slovak Studies Assosciationのミーティングに参加しましたが、参加者は十数人、今朝のスロヴァキアの分科会で見た顔ぶれと同じで、ほとんどがスロヴァキア系の人びと、仲間うちの馴れ合いが目立ちました。
◆ぼくはこの大会に参加したのははじめてですが、なるほどスラ研のシンポジウムはこれを手本にしているのだなと思いました(スラ研の田畑氏に会いました)。確かに規模の大きさといい、トレンディーな問題設定といい、集まる顔ぶれといい、じゅうぶんに刺激的な場です。手堅い実証研究はそれぞれの国の柚史家大会のレベルで披露し、それを踏まえた大枠の議論と、新たなトレンドを探るために、この大会に参加するというのが妥当なところでしょうか。
◆最後に本のことについて若干。この種の学会の楽しみのひとつは、本屋のブースが設置されることで、今回もホテルの大広間を使って、76のブースが店開きしていました。スラヴ学関係の本を中心に、めぼしい英語の新刊書が一望にできました。買い込んだ本の一部を紹介します。
◇Minton F. Goldman, Slovakia since Independence (Praeger, 1999)
◇Jiri Hochman, Historical Dictionary of the Czech State. (The Scarecrow Press, 1998)
◇Stanislav J. Kirschbaum, Historical Dictionary of the Slovakia. (The Scarecrow Press, 1999)
◇Carol Skalnik Leff, The Czech and Slovak Republics (Westview Press, 1998) ―― この本はもう旧聞に属するかもしれませんが、あまり他人の仕事をほめないストラーリクが、「良く書けている」と推奨していました。著者は Slovak Studies Association のミーティングにも出席していましたが、ごく地味な感じの小柄な初老の女性でした。
◇Tomas Pasak, Cesky fasismus 1922-1945 a kolaborace 1939-1945 (Praha, 1999) ―― 貴兄はもうごぞんじでしょうが、500ページ近い大著。この人の論文は、1960年代にスロヴァキアで出版された論文集で読んだ記憶がありますが、これはとにかく総合的な集大成です。本来ファシズムやコラボレーションは、「正しい民主主義の正道」からの逸脱、天も許さぬ邪道のはずで、事実この本でも基本的にはそういう捉え方がなされていますが、なぜかぼくは彼らの存在に「怪しい魅力」を感じてしまいます。ぼくの内部で「歴史の正しい捉え方」が確立していないせいでしょうね。それにしても、この本に掲載されている写真で見る「ファシスト」や「コラボラント」は、みな教養がなさそうで、人相が悪いなあ。通りでは会いたくないタイプの人たちばかりです。
◆だらだらと牛のヨダレのように書き流してしまいましたが、たしょうでも貴兄の脳髄を刺激するような情報が入っていたらなによりです。今回は帰路も、予定通りの順調なフライトでした。
貴兄のご返事を楽しみにしています。長與 拝